金星の気候の謎 (岩波書店「科学」2007年2月号掲載記事を改変)

2006年,欧州の探査機ビーナスエクスプレスが金星に到着した.2010年には日本からも金星探査機が打ち上げられる.金星には東西冷戦期に米国とソ連が競い合うように探査機を送り込んだが,それ以来の活況である.宇宙時代が始まる前,金星はしばしば異形の生命を宿す秘境として語られ,多くのSF作品にも登場してきた.時が経ち,現代の科学者たちは金星を,地球型惑星の分化を理解するための鍵を握る存在として見ている.

灼熱の星

太陽と月を除くと全天でもっとも明るいこの星を,多くの人が一番星として見たことがあるだろう.金星は古くから明けの明星,宵の明星として親しまれてきた.金星は地球より一つ内側の太陽系惑星で,太陽からの距離は地球−太陽間の0.72倍である.大きさと密度は地球と同じくらいであり,地球と似た過程で作られた双子のような惑星と考えられている.金星と地球の共通点と相違点に,地球気候が作られた必然性のヒントが隠されている.

窒素と酸素からなる地球大気と違って,金星大気はほとんど二酸化炭素からなる.その量は大変多く,地表気圧は90気圧(水深900 mに相当)にもなる(1).地表温度は460℃という,灼熱の世界である.海はなく,大気中の水蒸気は0.003%程度と,かなり乾燥している(地球では1%程度).地表は火山や溶岩平原におおわれている(図1).

                図1 紫外線で見た金星の雲(左)とレーダーで見た表面地形(右)

高度60 km付近には濃硫酸の雲が浮かび,地球と違って惑星全体をおおっている.金星の明るさは,太陽光の78%がこの雲ではね返されることによる(地球では30%).金星大気には硫黄化合物が多く含まれていて硫酸のもとになっているが,これらは近い過去に火山ガスとして供給されたのかもしれない.よく誤解されるが,金星に硫酸の雨は降らない.地表付近は高温のため,硫酸は地表に到達する前に蒸発して硫酸ガスとなり,さらに分子そのものが分解してしまう(2)

金星が暑いのは太陽に近いせいではない.金星に届く太陽光は雲でほとんどが反射あるいは吸収されて,地表まで届く量は地球の10分の1である.にもかかわらず,膨大な二酸化炭素が熱を閉じ込めるため(温室効果),わずかなエネルギーをもとにして効果的に暖まっているのである.ちなみに地球で問題になっている温暖化は,大気中にごくわずか(0.035%)含まれる二酸化炭素が主な原因である.地球では二酸化炭素は海に溶け込んだあと炭酸カルシウムとなって地殻に取り込まれるため,大気中の量は小さく抑えられている.


太古の海

金星はどのようにして今の姿になったのだろうか.多くの研究者が,46億年前に太陽系が作られた時,金星にも大量に水があったと考えている.水は水蒸気となって高層大気に運ばれた後,太陽紫外線によって水素と酸素に分解され,水素は重力を振り切って宇宙空間に逃げ出してしまったという.その根拠として,金星大気では通常の水素に対する重水素の割合が地球に比べて100倍も大きいことがあげられる(1).大昔の金星の水には地球と同様に,通常の水素に混じってごくわずか重水素が含まれていたが,通常の水素に比べて重さが2倍の重水素は流出しにくいため,より多く大気に取り残されたというのである.ただし,水に含まれていた酸素は宇宙空間に逃げ出すことが難しい.酸素がどこへ失われたのかは大きな謎である.

大昔の金星で水が海として存在したのか,水蒸気として大気中に存在したのかは興味のあるところである.海と平衡状態にある大気が赤外線で宇宙に逃がすことのできるエネルギーには限界があるために,惑星に入射する太陽エネルギーがある値を超えると,海は全て蒸発して厚い水蒸気大気ができる(暴走温室状態).計算によれば,雲による太陽光の反射を考慮しないとき,誕生直後の金星にはぎりぎり海が存在できる(3).雲があると温度が下がるので,海が存在した可能性がさらに高くなるが,大昔の金星における雲の量を見積もることは難しい.

水が海として存在したとしても,気温が高ければ少しずつ蒸発して高層大気に運ばれて,多くの水が失われうる.ただし今の金星と同じくらいの二酸化炭素が初めから大気中に存在したとすると,水素が高層大気に運ばれにくくなるため,かなりの量の水蒸気(数気圧相当)が現在まで残る可能性がある.大昔の金星では地球と同じく,二酸化炭素が海に溶け込んで地殻に固定されるというしくみが働いていたのかもしれない(3).金星の海がいつまで存在し,どのように失われたのかは,惑星に水が安定に存在する条件は何かという問題に関わっている.なお,海がない今の金星でも,大気成分が岩石と直接反応して一部は地殻に取り込まれている可能性がある(4).このことが大気量や雲量を変化させ,気候に影響してきたという考えがあるが,まだまだ地表面の組成の情報が不足している.

地球と金星との間にはもともと差異があったという可能性も指摘しておく.大気中の希ガス(他の元素と化合しない元素)の量から,地球大気は原始太陽系星雲ガスを取り込んだ太陽組成大気起源ではなく,集積した隕石から抜け出た脱ガス大気起源と考えられている(5).ところが金星大気の希ガスの量は地球と大きく違っており,太陽大気に似た特徴もある.色々な解釈が提案されているが,広く受け入れられたシナリオはない(6)


超回転

謎めいた変遷を経てきた金星の気候は,力学的にも不思議な状態にある(7).金星の自転周期は243地球日と長く,赤道での自転速度は1.6 m/秒である.大気と地面の間には摩擦が働くので,このように自転の遅い惑星上で吹く風は自転と同程度に遅いと予想される.たとえば地球の偏西風は30 m/秒程度で,これは赤道での自転速度460 m/秒の1割にも達していない.しかし金星の風はこのような予想とはまったく違っていた.1974年に米国の探査機が調べたところ,雲の高度を中心に100 m/秒もの速さで大気が自転方向に流れ,約4地球日で1周していたのである(図2).この自転の60倍もの速さの風を「超回転」と呼ぶ.実はこの風はフランスのアマチュア天文家が1957年に先に発見していたらしい(8).しかし,金星の自転速度を考えれば4日で1周する風などありえないと決めつけられて,長らく無視されていたのである.

図2 地球と金星の風系
地球(左)では偏西風や貿易風などの東西風とともに,緯度帯ごとに南北・上下方向の弱い流れがある.金星(右)では超回転という自転方向の高速流がある.南北・上下方向の流れは分かっていない.なお,金星の自転は地球とは逆方向(東から西)である.

赤道地方に降り注ぐ太陽エネルギーは風によって惑星全体に送り届けられるが,その様式は惑星ごとに違っている.火星の風は,基本的には図2に示したような地球の風に似ている.一方,土星の衛星タイタンで金星と似た風が吹いていることが明らかになってきた.タイタンは窒素の大気をもち,金星と違って極寒の世界だが,ゆっくりとした自転(周期16地球日)の10倍の速さの風が吹いているらしい.宇宙全体で見れば超回転もありふれた風系の一つなのかもしれない.

超回転を流体力学で説明しようと多くの気象学者が努力を傾けてきた.色々な説があるが,基本的には,大規模な波や渦の作用で地面から低高度の大気へと力を伝え,その力がさらに高層へと伝えられて自転方向の加速を生じる,というものである(7).ここで波とは,偏西風の蛇行や,高気圧・低気圧のようなものを思い浮かべればよい.とは言え,今のところ超回転を計算機で再現することは難しい.地球・火星型の風系と金星・タイタン型の風系を分ける要因が何なのかはわかっていない.

超回転のために金星大気は東西方向によく均されている.一方,大気がこのように大きな回転エネルギーを持つと南北方向や上下方向の循環は強く制限される.超回転が金星の気候形成においてどのような役割を果たしてきたのかは今後の研究テーマである.


わが国の金星探査

2010年,日本からプラネットCが打ち上げられる(図3).またの名をVenus Climate Orbiter(金星気候衛星)といい,金星周回軌道から,人の目では見ることができない厚い大気層の内部の運動を映像化する.このことにより,超回転のしくみや雲の生成過程などを調べる(9)

               図3 金星大気を透視する探査機プラネットCの想像図


5台の特殊なカメラを搭載し,それぞれが異なる波長(色)で異なる高度の対象を撮影することによって,3次元構造の時間変化を追跡する(図4).波長1〜2 μmの赤外線では,水蒸気,風,雲の濃さ,雲粒の大きさ,大気が光分解してできる一酸化炭素の循環などをとらえる(μm=1000分の1 mm).鉱物組成の調査や,まだ見つかっていない活火山を探すことも行う.波長10μmの赤外線では,雲の温度分布を映像化し,雲の活動度をさぐる.紫外線では,雲の形成に関わる化学物質の循環や,高層大気の風をとらえる.可視光線では,雷放電を超高速撮影でとらえ,雷の発生の確証をつかむ.また,高層大気の酸素が放つ大気光という淡い光から,大気中を伝わる波を映像化する.これらの映像情報とは別に,地球との間の電波通信を利用した観測も行う.この電波は,地球から見て探査機が金星の後ろに隠れるときと出てくるとき,金星大気をかすめてくる.このときの電波の周波数や強度の変化から,高度ごとの気温や硫酸蒸気の量が分かる.

これほど密な気象データが地球以外の惑星で得られるのは初めてのことである.様々な波や渦が縦横に伝搬し,エネルギーや物質を循環させる様子が動画としてとらえられれば,地球との比較による惑星気象の研究が大きく進むだろう.この「金星版ひまわり」は,宇宙航空研究開発機構をはじめとする全国の研究機関や大学の研究者と大学院生,そしてメーカーによって開発が進められている.ちなみに,欧州のビーナスエクスプレスは分光観測による大気化学の解明が主目的であり,プラネットCとは互いに補う関係にある.

今後は大気圏へ降下して調査する必要もあるが,地面まで降りると高温のために長時間の観測が難しい.そこで日本では,金星の雲の下に浮かぶ気球の基礎研究を行っている(10).この気球は超回転に流されながら金星を何周もして,大気力学や化学組成を調べる.欧米では気球を地面まで往復させる計画も練られており,将来的には大気や岩石を地球へ持ち帰る構想もある.それでも,月や火星と違って,金星に人類が降り立つ日は来ないだろう.灼熱の世界へと分岐したあと,かたくなに生命体の訪問を拒み続ける姿に,ある種のロマンチシズムを感じるのは私だけではないはずである.

               図4 プラネットCによる立体的な大気観測のイメージ

文献

(1) 阿部豊: ’岩波講座地球惑星科学12 比較惑星学’, 岩波書店(1997) pp.233~365
(2) T. Imamura & G. L. Hashimoto: J. Atmos. Sci., 58, 3597 (2001)
(3) J. F. Kasting: Icarus, 57, 335 (1984)
(4) G. L. Hashimoto & Y. Abe: Planet. Space Sci., 53, 839 (2005)
(5) 阿部豊: ’岩波講座地球惑星科学13 地球進化論’, 岩波書店(1998) pp.1~54
(6) K. Zahnle: in ‘Protostars and Planets III’, E. Levy & J. Lunine ed., Univ. Arizona Press (1993) pp.1305~1338
(7) 松田佳久: ‘惑星気象学’, 東京大学出版会(2000)
(8) W. Sheehan & T. Dobbins: Sky & Telescope, June, 56 (1999)
(9) M. Nakamura et al.: Planet. Space Sci., 印刷中
(10) 矢島信之 et al.: ‘宇宙工学シリーズ6 気球工学’, コロナ社(2004)